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shinobu様ご推薦2

『ゲイの民俗学』礫川全次・編/歴史民俗学資料叢書・第3期第1巻(批評社) 
ノンフィクションライターである同編者による『男色の民俗学』に続く研究書。
三島由紀夫が作家として注目されはじめた昭和20年代を「日本の男色史上でも特 筆すべき“変動”の時代」とし、
『風俗科学』『風俗草紙』等、当時の雑誌の記 述をもとに、三島文学における“同性愛”を探り、
また、女装とハードゲイが共存する、戦後日本の同性愛文化についても考察している。『男色の民俗学』と同様、文献の豊富さが魅力。


『大江戸浮世事情』秋山忠彌(ちくま文庫)
タイトルどおり江戸のさまざまな風俗事象を集めたもの。
「信義と意気地の男色 道」「芭蕉の男色」などの章で、当時の男色事情について述べられている。


「好色二刀流」
様々な男女の性癖を描く随筆集の中の一編。学生時代、ハンサムで知られ、女遊 びをやりつくした男が、社会人となり結婚もした後に、
上司に弱味を握られ、ベ ッドの相手となったエピソードを面白おかしく綴っている。


『編集長「秘話」』伊藤文学(文春ネスコ)
惜しくも休刊した「薔薇族」編集長による雑誌史。創刊から電話相談室の開始、
日本のみならず外国の熱心な読者たち、執筆者との交流、エイズ禍問題、ゲイバッシングなど、
ひとつの雑誌を続けることで抱えたさまざまな問題、苦闘、 喜びなどが、当事者ならではの生々しさと熱さで綴られた一冊。


『性と権力関係の歴史』 歴史学研究会編(青木書店)
セクシュアリティをめぐる歴史についての論文集。
第?部「性と政治」に、星乃 治彦氏による「ナチズムと『同性愛者』表象の限界」が収録されている。
同性愛者が「自然に反する」「おんな男」もしくは病気であり治療できるもの、 としてナチ政権下でいかに扱われたか、
また、そうした行為を行なっていたナチ 自身に「ホモソーシャル」という概念を通して同性愛が入り込んでいた事など
多重的に論じながら「いかに性が不安定なものかという性の不安定さ」を暴きだ す論文。


『ギリシア恋愛小曲集』中務哲郎・訳(岩波文庫)
古代ギリシャの恋物語を集めたもので、ほとんどは男女の恋についての内容だが、
パルテニオスの「恋の苦しみ」に収録された「ヒッパリノス」は、絶世の美少 年ヒッパリノスと青年アンティレオンの恋物語。
ヒッパリノスが出した難事を果 たして、アンティレオンは少年と深く愛しあうようになるが、
少年の色香に僭主 が執心したため悲劇に終わる、という物語が簡潔に語られている。


『アメリカのゲイ社会を行く』エドマンド・ホワイト/柿沼瑛子訳(勁草書房)
『アメリカでもっとも卓越したゲイ作家』と呼ばれるホワイトが、ゲイ・ライフ が急激に変化した70年代のアメリカの各都市をまわって綴ったレポート。
L.AやN.Y、サンフランシスコといった大都市は元より、シアトル、サンタフェ、 デンバー、ヒューストン、
カンザスシティ、ニューオーリンズといった地方都市におけるゲイ男性たちの生活ぶりや、コミュニティの姿を記述している。 
エイズ禍に襲われるまえのゲイ・カルチュアに取材されているため、現在から見ると多少の違和感があるだろうが、貴重な記録であることは間違いない。


『現代殺人百科』コリン・ウィルソン+ドナルド・シーマン/関口篤訳(青土社)
1960年以降の20年間で、世界で発生した衝撃的な殺人事件103ケースを紹介、犯人 の手口と心理を考察しリアルに記したもの。
本書では原書と異なり事件の種類別 に収録されているため(原書は犯人の名前のABC順)「ホモ殺人」の項があり、
殺 した男の性器を切り取っていたオーストラリアの殺人鬼ウィリアム・マクドナル ド、少年をレイプしては死体をフリーウェイに捨てていたウィリアム・G・ボーニ ン、
少なくとも33人の少年を殺して、床下に死体を隠していたジョン・ウェイン ・ゲーシー、「英国最大の大量殺人犯」の記録をもつデニス・ニルセンなど6人 の犯行を紹介している。


『少年への性的虐待 男性被害者の心的外傷と精神分析治療』リチャード・B・ガードナー/宮地尚子ほか訳(作品社)
“男性への性暴力”に関する、日本で初めての専門書。
「少年への性的虐待を論 じるなかで、ジェンダー、セクシュアリティ、マスキュリニティ、性的指向に関 する最新の議論が吟味されている」というふれこみだが、
実際の症例記録の数々 は、『残酷な神が支配する』の世界がそこに。 子どものころ受けた性暴力によるトラウマがもとで、仕事面では成功しても人間 関係が築けない男性、
女性と深い関係が結べない男性、自分がレイプされたのは 、ゲイだったための罰だといわれのない罪悪感に苦しめられた男性など、
セクシ ュアリティが成立していない、もしくは性的な行為への自覚も持てない年代の少 年(子ども)に対する大人からの強制的な、
あるいは都合の良い解釈により行われた性的行為が、いかにその後の人生に深く影を落とすかを、大人の立場からじ っくり考えさせられる一冊だ。


『男性の見た昭和性相史 PART1・PART2』下川耿史(第三書館)
昭和元年~の性風俗にまつわる話をとりあげて、サンケイスポーツ紙に連載された記事をまとめたもの。主なものは男女の話だが、
その中に混じって「“ヒゲ紳士の従者に雇われたし”といったホモ広告、新聞を賑わす」「オカマの“ラシャメンお久”、愛人の首を二年間持ち歩く」
「一回百円で“尺八”を吹いた戦災孤 児“カクサク・ボーイ”」「“ホモにはフェティシズムや露出傾向が強い”と作 家が調査」などの記事が掲載されている。


『性風俗? 社会編 遊所と岡場所、見世物と遊戯 -講座日本風俗史-』(雄山閣出版)
巻頭の口絵で、衆道風俗として能面の喝食、絵巻物『北野天神縁起』の「地獄の 絵」(男色を犯した煩悩の士たちが悪鬼に責めさいなまれる図)などが紹介されており、
併せて「小咄に現れた性風俗」の章ではお伽衆、稚児、山伏と衆道、若 衆と陰間などを題材としたものを紹介、
「衆道風俗について」では語源からテク ニック、僧院・貴族・武士の衆道、「かげま」の系譜、平賀源内の衆道談などに ついて述べている。


『性と身体の近世史』倉地克直(東洋大学出版会)
性をめぐる文化と意識から日本の近世史を見た論文集。
第2章ではキリシタン文 化から見た男色について触れられ、第7章では『きのふはけふの物語』などの笑 話集で、男色がからかいの対象になっていた旨が綴られている。


『ローマ人の愛と性』木村凌二(講談社現代新書)
繁栄をきわめ、爛熟するローマ人の肉欲を通して「ヨーロッパ的心性の成立」を 説く一冊。
当時の頽廃ぶりの例として、カリグラ皇帝の男女を問わない淫奔ぶり 、詩人マルティアリスの少年愛など、が男女のエピソードとともに紹介されてい る。


『お尻とその穴の文化史』ジャン・コルダン+オリヴィエ・マルティ/藤田真利子・訳(作品社)
お尻とアナルが世界史のなかでどう扱われてきたか、どんな存在価値を持って たかを研究した本。
アナル・セックスについての章では、古代ギリシャやイスラム世界、古代中国、日本においての男色行為についての記録が紹介されている。


『f-口でする-の性愛学』ティエリー・ルグー/吉田春美・訳(原書房)
「フェラチオをめぐる人類のあきれた情熱を、歴史、テクニック、文学、心理学ほか、あらゆる面から大研究」した本。
「倒錯」の章では「同性愛」「警官、看守、ゲイ」「小児性愛」などの欄で男同士の行為について語られている。


『世界情死大全』桐生操(文藝春秋)
タイトル通り、世界各国(主にヨーロッパ)の歴史にみる情死についての説話等を集めた一冊。
巻頭で、古代ギリシャの男同士の愛人たちによって編制された軍 隊、ハドリアヌス帝の寵愛した少年奴隷のエピソードなどが取り上げられている 。

『異才の人 木下惠介 弱い男たちの美しさを中心に』石原郁子(パンドラ)
「木下が愛して俳優として親身に育てた、上品で繊細で明朗な美青年・美少年た ちによる、男同士のダンスや、〈兄弟〉としての深いつきあいや、手を繋ぎあう 〈友達〉。
男たちは触れ合い、その触れ合いも美しく、心を込めて撮られ、クロースアップになる。ひそやかだが、楽しげに明るく流露する官能。
ただし『惜春鳥』では、もっと踏み込んで妖しく陰影を帯びた官能も描かれる。人々が見慣れない愛かもしれないが、こんな愛もあるのだというふうに、
深い思いとともに映画の中に置かれている。」(「第三部きわめて短いまとめ」より) その才能を惜しまれつつ夭折した映画評論家の石原郁子が、
映画監督・木下惠介 の「ジェンダーの越境者、周縁者、あるいは家父長主義・男性優位社会からしな やかに降りた元・男性」ぶりに注目しつつ、
彼の映画にしばしば登場する「弱い男」たちの姿を中心に展開した作品論集。「暴力的に殺される青年」の存在や、 「恋を実らせることができない二枚目」の存在など、
作品に繰り返し登場するモチーフへの鋭い指摘、冷静かつ愛ある眼差しで多くの作品が掘り下げられているが、
とりわけ『惜春鳥』を「日本メジャー初のゲイ・フィルム?」とする論は大 胆だが的確で、興味深く読める。映画と同様、繊細な筆致も読んでいていて心地良い評論集だ。


『バカバカバカ!』おすぎ(ぺんぎん書房)
雑誌「薔薇族」に1990年1月から2004年6月まで、「おすぎの悪口劇場」のタイトルで連載された時事エッセイをまとめた一冊。
世の中のこと、芸能界のことなど、内容はさまざまだが、発表された媒体が媒体だけに、
セクシュアリティやゲイ関連の話題に触れた箇所が最も痛烈で、読み応えがある。
コミカルな題名や装丁に包まれてはいるが、「おすぎ」という人の生き方や信念にも触れることのできる、奥深いエッセイ集になっている。


『虹の彼方に レズビアン・ゲイ・クイア映画を読む』出雲まろう責任編集(パンドラ/現代書館)

「オズの魔法使い」で主人公ドロシーが歌った「虹の彼方に」をタイトルに据え、1982年以降、日本で見ることのできるレズビアン・ゲイ・クイア映画58本について、
映画評論・映画学の専門家のみならず、クィア・スタディーズ、ジェンダ
ー研究の専門家やアクティビスト及び当事者といった執筆陣が論じたアンソロジー。
全体は「変化の感触」「ニュー・クィア・フィルムの勢い」「クィア映画の多様性」「ブームを超えて」の4章に年代を追って区切られているが、
そのことに
り、一見ランダムに見える選択された作品群の中から、映画の中で描かれる同性愛の表現や在り方の変化が浮かびあがってくる。
何より、執筆陣が当事者もしく
はそれに近しい人々のため、批評の言葉に躊躇がなく、何気ない表現のなかにも核心を突くような言葉があるのが、
読んでいてある種の爽快感をおぼえる理由か
もしれない。
ちなみに、とりあげられている主な作品は、1982―1991年が「アナザウェイ」「ハーヴェイ・ミルク」「蜘蛛女のキス」「欲望の法則」「トーチソング・トリロジー」「エドワードⅡ」、
1992年―1996年が「オルランド」「ターチ・トリップ
」「さらば、わが愛/覇王別姫」「フィラデルフィア」「プリシラ」「GO fish」「バウンド」「とても素敵なこと 初恋のフェアリーテール」
「百合の伝説 シ
モンとヴァリエ」、1997年―2000年が「ぼくのバラ色の人生」「ブエノスアイレス」「ボーイズ・ドント・クライ」「マルコヴィッチの穴」「御法度」
「ロバー
ト・イーズ」「リトル・ダンサー」「アタック・ナンバーハーフ」、2000年―2004年が「夜になる前に」「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」「バンジ―ジャンプする」「翼をください」
「トーク・トゥ・ハー」「エデンより彼方に」「
めぐりあう時間たち」など。なお、私事になるが、
ここに収録されている「ベルベット・ゴールドマイン」評
は、私が共感(納得)できる数少ない本映画への評論である。
この映画の本当の
テーマは、グラム・ロックうんぬん、という部分ではないのだ、と改めて実感。
少なくとも、この物語の真の主人公はブライアン・スレイドではなくアーサー・スチュアートだと喝破している点は、多いに頷けた。

『映画=反英雄たちの夢』上野昂志(話の特集)
著者の最初の映画評論集。
おもに論じられているのは東映ヤクザ映画、日活ロマンポルノ、角川映画、大島渚論、鈴木清順等だが、
それらに混じって、エリートサラリーマンがヤクザに犯されて彼の“情婦”となる姿をコメディタッチで綴った神代辰巳監督の「悶絶!!どんでん返し」について
“オカマ”の存在を掘り下げて語る小論「自然『性』を犯すもの」、同じく「悶絶!!どんでん返し」や「日本の黒幕(フィクサー)」、
東映のやくざ映画などに見られる描写から、日本映画とホモセクシュアル性の関係をさぐる「映画とホモセクシュアル」などの評が収録されている。


『ビニール・クローゼット ―音楽界を創ったゲイたち―』ボーゼ・ハドリー/水口剛・訳(JICC出版局)
タイトルが示すとおり、音楽業界に存在するホモセクシュアルに光を当てた評論集。
クラシックに始まり、ポピュラー、ロックに至るまで、音楽家たちとホモセクシュアル(女性のそれも含む)の密接な関係を、繊細な文で描いている。
「もし、ゲイやレズビアン、あるいはバイセクシュアルの男女が創り上げた作品や表現方法がなかったら、現代音楽はずいぶんとその様相を異にしていただろう」と著書が語るように、
本書に取り上げられている音楽家は、ヘンデル、ベートーベン、ショパン、チャイコフスキー、ラベル、フォスター、コール・ポーター、ノエル・カワード、
リベラ―チェ、リトル・リチャード、ジョニー・レイ、ジョーン・バエズ、ジャニス・ジョプリン、ミック・ジャガー、デビッド・ボウイ、エルトン・ジョン、
ジミー・ソマーヴィル、ペット・ショップ・ボーイズ、モリッシーなど、列挙にいとまがないのだが、その作品や彼らのセクシュアリティに関する発言にスポットライトを当てる語り口は、
もちろん興味本位なものではなく、淡々としつつも真摯に彼らの考え方や人生を記述している。セクシュアリティという切り口からとらえた、もうひとつの音楽(芸能)史、としても読める本。


『江戸の男色 上方・江戸の「売色風俗」の盛衰』白倉敬彦(洋泉社新書)
公家・僧侶の社会で生まれた男色風俗が、武家社会に受け継がれ、やがて一般庶民へとひろがっていった経緯と変化をまとめた一冊。
オビにも書かれているように、100点という豊富な男色図の掲載が貴重。著者曰く「日本の男色図をいくら調べても、それはもっぱら肛交図であり、
いっこうにフェラチオの図が見当たらなかった。だが、ついに同図を発見したのである。男色の性戯において、ギリシア、ローマを持ち出すまでもないが、
フェラチオが登場しないのは、どう見ても不自然ではないかと常々思っていた。」との事で、本書の執筆を思い立ったのも、この図を紹介したいためだったという。


『ビートルズ ラブ・ユー・メイク』ピーター・ブラウン スティーブン・ゲインズ/小林宏明訳(早川書房/上・下巻)
ビートルズの歴史を、リバプールでの各メンバーの出会いからジョン・レノンの暗殺まで、詳細に綴った内幕もの。
著者のひとりピーター・ブラウンは、彼らを世に送り出した辣腕マネージャー、ブライアン・エプスタインの側近だった人物で、
「ジョンとヨーコのバラード」の歌詞にその名が登場するなど、メンバーとも非常に近しい関係にあったらしく、他の伝奇ものにはない、
生き生きと血の通った四人の姿が描写されている。また、エプスタインはホモセクシュアルとして知られているが、
長年彼と苦楽を共にした筆者により、この本では従来の関連書等では隠されがちな彼のセクシュアリティや男性の愛人たちとの関係、
長年にわたってジョン・レノンを愛していたこと、などが克明に語られている。エプスタインのジョンへの愛情は献身的で、彼らは二人でスペインへ旅行したおり、
一度だけ関係を持つのだが、その記憶もけしてエプスタインを幸福にはせず、やがて自死に至るくだりはどうにも哀しい。
なお、このときのスペイン行の模様は映画化されている。「僕たちの時間」(91年/監督・脚本・撮影クリストファー・ミュンチ)がそれで、
スキャンダル的な興味はなく、抑制のきいた演出で、愛し愛される二人の男が、危ういバランスの上でお互いへの信頼と友情を失うまいと模索する姿が繊細に描かれた好編だった。
レノンと同様、リバプール出身のイアン・ハートは若き日のレノンにそっくりで、
本作の後も無名時代のビートルズを描いた映画「バック・ビート」(94年/監督イアン・ソフトリー)でもジョン・レノンを演じ、
元メンバーである親友スチュアートの恋を応援しつつ、嫉妬も感じているという微妙な感情をうまく演じていたので、ご興味ある方はこの2本も併せてどうぞ。


『ホモセクシャルの世界史』海野弘(文藝春秋)
古代から現代に至る、ホモセクシャルの存在とその世界史の中での扱いについて網羅された「世界史を隠された視点から読みなおすシリーズ」(著者談)の一冊。
扱われている内容は世界史、というよりはやはりヨーロッパ・北米史なのだが、プラトンをはじめ、数々の文献の紹介や引用はもちろん、
歴史上・芸術上の著名人たちの性向や彼らの隠されたエピソードにも言及されており、論文のみならず史料としても非常に有効。
ホモセクシャルを「特別の人たちに限定されるものではなく、すべての人間に関する問題」であり、また、異性愛と同性愛の区別を「この百年くらいの間に形成されたものだ」とし、
ゆえに「〈ホモセクシャル〉は20世紀の問題」とする著者の明晰な視点により、単なる学術的な報告でもなく、
もちろん興味が先だつものでもない「人間関係の世界史」ともいうべき内容にまとめられているのはさすが。内容の詳細については、
各章のタイトルを下記に羅列するので、推測ください。押さえどころに穴はないように思います。

プロローグ 世界史の中の封印されたタブー
第一部 古代から十九世紀まで 近代以前
第一章 同性愛の起源/第二章 ギリシアの愛/第三章 ローマからキリスト教社会へ/第四章 ルネサンス/第五章 ヨーロッパの近世/第六章 十九世紀
第二部 二十世紀 性の世紀第
七章 プルームズベリー・グループ/第八章 バレエ・リュス・コネクション/第九章 太陽の子ら―二つの大戦の間/第十章 同性愛の政治学(ポリティクス)―第二次世界大戦前後/
第十一章 アメリカに移住した作家たち/第十二章 アメリカのクローゼット・システム/第十三章 二十世紀のニューヨーク
エピローグ そして二十一世紀



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