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【山岸涼子】
『グリーン・カーネーション』山岸涼子角川書店 (山岸涼子全集25)
「あの人は地獄へ行った。ぼくは生きながらにして地獄へ落ちている……」
“ミシェル・デュトワ・シリーズ”と呼ばれる、孤独な美青年ミシェルを主人公にしたシリーズ。
「ゲッシング・ゲーム」「バロッコ・コンチェルト」「ル・コック」「グリーン・カーネーション」「アルゴー・ノート」のシリーズ全5作品が、
この全集には収録されている。
鋭利な刃のうえを裸足で歩くように生きる青年ミシェルと、その漂白する魂に惹きつけられていく男たちの苦悩と愛情のドラマ。
表題作「グリーン・カーネーション」が76年「セブンティーン」誌に掲載されたときは、
男同士のベッドシーンの描写が、ちょっとしたセンセーションを巻き起こしました。
とはいえ、この物語の胆はやはり「人は人の魂をどこまで受け入れられるか」という事でしょう。
最終作「アルゴー・ノート」での、ミシェルを愛した医師ハルの台詞
「ぼくにはそんなことミシェルが同性かどうか)関係ないのさ。ミシェルという人間を愛したにすぎないよ」
には、当時目から鱗が落ちる思いでした。山
岸涼子さんにはこれ以前の「りぼん」時代にも『白い部屋のふたり』という女性同士の恋愛を描いた作品がありましたが、こちらも名作。
『ひいなの埋葬』山岸涼子(角川書店『山岸涼子全集 第32巻 ひいなの埋葬』収録)
両親を失い、親類宅で暮らす弥生は、16の春に突然、血縁関係にあるという元華族の梨本家に招待を受ける。
皇族の血を引く梨本家には、降嫁した天皇家の姫君が持ってきたという見事な雛人形が代々伝わっており、
彼女は雛の節句に招待されたのだった。
訪れた梨本家は、女系家族という噂のとおり、隠居した女主人とその孫娘の静音だけが暮らすひっそりとした屋敷だった。
しかし、夜中、広い屋敷の中で迷った弥生の前に、シズオと名乗る快活な少年が現れる。
女性しかいないはずの屋敷で、昔からの住人のように振舞うシズオを奇妙に感じながらも、
しだいに打ち解けていく弥生だったが……。
由緒と同時に怪しい言い伝えのある雛人形、春先でも雪の舞う奥深い山中に立つ純和風の屋敷、皇族の血、謎の少年など、
シチュエーションを活かした山岸涼子流ゴシック・ロマンとでも言うべき作品。
昭和51年「花とゆめ」6号に100ページの読切長編として掲載され反響を呼び、
ピーター主演でTVドラマ化もされた。何がどうして衆道なのかは、ネタバレになる怖れがあるのでここでは書けません。
興味のある方はとにかく一読されることをお薦めします。
『日出処の天子』山岸涼子(白泉社文庫/全9巻)
タイトルは(知らない人はいないと思いますが)「ひいづるところのてんし」と読みます。
そのため連載当時は「づる天」「ところ天」などとも呼ばれ、一大センセーションを巻きおこした歴史ロマン。
古代史に名高い聖徳太子を、人智を超えた力をもつ超能力者として描き、
さらに彼と蘇我氏の嫡男・毛人への恋情を織り込むことで、歴史を人間の業や愛憎が生む系譜としてとらえ、
愛と政治のどうしょうもない乖離を描いた作者の代表作であるとともに一大傑作。
史実の解釈の自由さ、それまでの常識を打ち破った聖徳太子像など、“漫画”という表現の中でこそ可能になった歴史絵巻といえるだろう。
登場する歴史上の人物はどれも造形深く魅力的だが、やはり特筆すべきは主人公・厩戸王子の描写だろう。
女と見まごう凄艶な美貌の持ち主であり、同時に、凄まじい力をもって権謀策術をめぐらすその姿は何とも魅惑的で、
少年というよりも両性具有というのがふさわしい超越的な魅力を放っていた。
硬質だがエロティックな描線で描かれた絵は、古代の衣装などもなまめかしく麗しかったが、
同時に、繊細ながら背筋を震わせるような迫力で描かれた苦界奥底の魑魅魍魎や、
人間の魂を踏みしだいて進む仏の姿など、王子の見る彼岸の世界の美しくも恐ろしい描写も忘れがたい。
古今東西の名画を模した華麗な扉絵も、毎回見どころだった。
これらの作品と『ミシェル・デュトワ・シリーズ』(惜しむらくも未完……もう完結編が描かれることは、
望み薄と思われる)等の印象で、山岸涼子も男性同性愛を描く人というイメージがあるが、
私見では女性同性愛(もしくはそれに近しい関係)や、性愛にまつわる女の情念を描いたときに、より本領を発揮する人という気がする。
正面からレズビアニズムを扱ったりぼん時代の『白い部屋のふたり』、『アラベスク 第Ⅱ部』のノンナとカリン・ルービツの関係、
短編の『メドュウサ』、『妖精王』におけるクイーン・マブの存在などが忘れがたいが、
本作でも王子と毛人の関係の影で、女たちの愛と情念が深く昏く描かれている。
厩戸王子と蘇我毛人の深い縁(えにし)は本作を経て続編『馬屋古女王(うまやこのひめみこ)』で完結するのだが、
女性的情念の結晶のような馬屋古の存在によって、
彼らの子孫の間に決定的な幕が引かれるという結末は、いかにもこの作者らしいと思える。
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