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shinobu様ご推薦 国内小説

『帰らざる夏』加賀乙彦(講談社文芸文庫)
「源は省治の横に膝枕をつき微笑した。
頻繁に照ったり翳ったりしていた太陽がその時輝き出し源の笑顔から影の部分を削り取った。
省治は自分がいま相手の前にくまなく全身を晒していることを思ったが、それが少しも羞恥の念を誘わなかった。
むしろ彼は何もかも見られたいと願っていた。何もかも相手の視線が吸いとり、
自分は透明な蛹となって融けてしまいたいと願った。
すると体から粘液のような快感が染みだし胸から腹へ、太腿から足先へとゆっくりひろがった。
何とも頼りない、何か硬いものにすがりたいほど柔かに変った体を、頃合よく相手の掌がとらえ、
腰から尻へ、そして或る一点へと快感を集めていった。
いつの間にか開いた唇から自分のものとも思えぬ熱い息が洩れ、
次の瞬間息を塞ぐ柔かなものがあった。相手の唇が吸い付いており、彼は完全な蛹に変身した。」(本文より)


戦時下の日本、その雲行きが怪しくなりはじめた頃に、鹿木省治は百人に一人の難関を突破し、
陸軍幼年学校へと入学した。
陸軍将校である従兄への憧れを抱く省治は、厳しい修練と教育を受け、皇国の不滅と軍国思想を培う。
そして、先輩である源への、深い恋情にも似た敬愛、後輩・大塚への情愛を経て、
敗戦直後の混乱の中、源と共に〈義〉に殉じ自決してゆく。
著者の代表作の一本だが、精神分析医でもある著者の冷静な視線と、
「この時代」を生きた人間だけが語れる生々しさをもって描かれる戦時下の青春像。
否定するにせよ肯定するにせよ、全編にピンと張りつめた熱気に、
胸をわしづかみにされるような迫力をおぼえずにはいられない。

『小春日和 インディアン・サマー』金井美恵子(河出文庫文藝COLLECTION)
大学に入学し、小説家のおばさんと彼女の目白のマンションで同居することになった少女・桃子。
彼女を囲む人々や恋愛関係etc.を描いた現代版「少女小説」で、
ヒロインの一人称でテンポよく進む物語はすんなりと読めるが、
背景にバブル経済華やかなりし頃の風俗が細かく描かれているので、
今となっては戸惑う読者もいるかもしれない。
物語の中心はあくまでも桃子とおばさんの共同生活だが、時折二人が会うことになる桃子の父はゲイで、
愛人と同棲している、という設定。なので、場面は少ないが、
彼らの登場する場面では痴話喧嘩などが繰り広げられることになる。
また、小説中小説として「おばさんの書いた小説」として間に差し挟まれる短編が、
その時々に主人公が置かれた状況のパロディになっていて面白い。

「カザルサの泥詩集」藤本義一(角川文庫『映像ロマンの旗手たち・下 ヨーロッパ編』収録)
ヨーロッパで活躍した映画監督たちの姿を、小説として描いた短編集の中の一本。
主人公はイタリアを代表する映画監督・詩人・作家として活躍しながら、
不慮の事故とも暗殺ともつかないスキャンダラスな死を遂げたピエル・パオロ・パゾリーニで、
ボローニアで過ごした少年時代から映画監督としてデビュー、
その15年後に街で拾った少年の手によって?殺されるまでを描いている。
職業軍人の暴力的な父、優しい母、
そして誰よりも敬愛する兄の存在が彼の人格形成にどれほどの影響をもたらしたかを綴り、
ローマに出てからの生活では、貧民窟で少年をあさる生活をあけすけに描く。
現実のエピソードを元にしつつ、淡々と描かれるそれらの場面にエロチックさはあまり感じられないが、
少年を求める主人公の心理にはどこか生々しさが感じられる。
実際のパゾリーニの心境がどのようなものだったかは想像するしかないが、
作者がそれを文章の中にすくいとろうとして苦闘しているさまは伝わってくる。


『ナルシス残照』石川貴一(新風舎)
1月から12月までの各月をテーマに、少年と彼らと関係を持つ男たちの姿を、唯美的な凝った文体により綴った短篇集。
一本だけレズビアン的な内容のものもあるが、それ以外の作品からは、
“父”を求める少年の心情が甘苦しく立ちのぼってくる。
巻末の「閨月 あとがきにかえて」という文章によると、
作者は須永朝彦氏に師事していたらしいが、そう言われるとなるほどと思わせられる作風だ。
表紙・挿画は山本タカトで、数篇ごとに氏の描く妖艶な少年像が目を楽しませてくれる。


『夕化粧』石川貴一(沖積舎)
モデルを務める若手歌舞伎役者と、
彼を描く画家の心の闇の重なりを描く「明烏偐泡雪(あけがらすにせのあわゆき)」、
竹久夢二等の出版元である洛陽堂の店主、黒沼障吾殺害の背景に、二人の青年の愛を見る「堕天使素描」、
刺青師とその作品に魅入られた女形の姿「刺青闇雪肌(ほりものやみえのゆきはだ)」、
学園闘争盛んな時代、東京を逃れさすらう男と、彼に関わる男たち、その恋情を綴る「艶歌瀬戸恋」、
男の“母”に育てられた少年の物語「男色花物語」、
寄宿寮の同輩だった少年・一彦への屈折した想いを、
男女の淫本に変えて吐き出す男を描く「艶花獄秘戀(あだばなじごくひするこい)」等等、1
2篇の短篇を収録した耽美小説集。
表紙・挿画の山本タカトの描く少年像が、作者の世界観をいっそう妖しげに盛り上げている。



『男が女になる病気 医学の人類学的構造についての三○の断片』植島啓司
(福武文庫)

「かつて黒海のステップ地帯に住んでいた最古の騎馬民族とされるスキュタイ人の中に
伝えられてきた<男が女になる>という謎の病。
この病の持つイメージの連鎖作用を通して、西洋社会の文化や習俗の根底にうごめいている<野生の思考>を
描き出す。」(カバー裏解説より)

「男が女のカテゴリーへと自らをうつし入れるということ(又はそうした欲望)は、
両性具有および一つの全体性の体現というばかりでなく、
一つのトランスフォーメーションの現実化として意味を持つのではないかと考えている」著者は、神話的。
民俗学的・医学的に、さまざまな面からこの問題にアプローチするが、その流れとして必然的に、
男性同性愛にも言及されている。シャーマンの男性同士の結婚など、
色々と興味深いエピソードも登場する、刺激的な一冊。

『ヴェルレーヌ伝』アンリ・トロワイヤ/沓掛良彦・中島淑恵訳(水声社)
フランスで最も親しまれている詩人、として知られるポール・ヴェルレーヌの人生を綴った評伝。
栄光ある詩人としての姿よりも、人間的に弱く惨めで、
詩人としての高い評価とはうらはらに破滅的な人生を歩んだという事実、
そのことから「落魄の詩人」というイメージが生まれた矛盾にスポットをあて、彼が妻に対して暴力的にふるまった旨や、
ランボーとの同性愛関係も赤裸々に描いている。
「二人の性交で男役を務めていたのはランボーであった。ヴェルレーヌの気質は、自らを従属させる方に向かった。」
「だからといって気が向いた時には、女の肉体に欲情をそそられなかった訳ではない。
彼は体格の良い青年も、豊かな胸の陽気な女も、どちらも良しとしたのである」
これまでに映像化、文学化されてきたヴェルレーヌ像と照らし合わせて読んでも、
また違った側面が見えてきそうな本である。


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