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shinobu様ご推薦 長野まゆみ特集1

『魚たちの離宮』(河出文庫文藝COLLECTION)
病をこじらせ、夏のはじめから寝ついている友人の夏宿(かおる)を見舞うため、市郎は彼の家を訪れる。
藍染の匂いとうっそうとした林に囲まれたそこには、夏宿の弟・弥彦と、彼のピアノ教師がいた。
兄を独占したがる弥彦と、夏宿につきまとうピアノ教師。
どちらとも反りが合わず、居心地の悪い時間を過ごす市郎だったが、弥彦はそんな彼に池の鯉を見せて言う。
「白眉は兄さんの生まれ変わりなんだ。あれは外の誰でもなく、僕の鯉だよ。」
と……。于蘭盆の四日間、市郎が見たものは夢か現か。鏡暮鳥(ほととぎす)の声と共に、冥府に帰るのは誰なのか?
著者独特の“水”の描写(鯉の跳ねる池、湧水、道に染み出す水などのなんと不穏で、同時に魅惑的なこと!)が
冴える静謐な空間の中、さまよう少年たちの想いが、小石が池に沈んだような波紋を心に残す一編。

『テレヴィジョン・シティ』(河出文庫文藝COLLECTION/上・下)
著者の初期代表作の一本であると同時に、最初の長編でもあるSF作品。
舞台は「鐶の星」と呼ばれる惑星。《同盟》が支配するこの場所で、少年たちはテレヴィジョンに囲まれ、
映像と音声が一致しない高層ビルディングで育てられていた。
その一員であるアナナスは「碧い惑星」にいるという、まだ見ぬ両親を信じて手紙を書き続けていた。
同室のイーイーはそのことに批判的だが、二人の仲はうまくいっている。
テレヴィジョンの映像だけが彼らをとりまくこの世界で、アナナスにとってはイーイーの存在だけが唯一、真実と感じられるものだった。
だが、そんな関係にも《ヘルパア供給会社》から両親役のヘルパアを借り、
自分たちは兄弟を演じるという「夏休みの家族旅行」を二人が計画し破綻した時から、少しずつ軋みが見えはじめる。
アナナスの記憶の欠如、イーイーの背後に見え隠れする秘密、暗号、監視する者たち、《ヴィオラ》に《ロスマリン》。
謎が謎を呼び、失われたもの(子犬、記憶、友人など)を探して、
どこまでも続くビルディングの中を右往左往するアナナスの姿に、
いつしか読み手のほうにも不安、不信、何よりも偽りのテレヴィジョンの映像に囲まれた生活の閉塞感がのしかかってくる。
「作家は処女作に向かって成熟する」というが、
その意味でこれ以降書き続けられる事になる「長野まゆみ的SF作品」の核になるあらゆる要素が詰まった作品。
性的なものをあからさまに描かず、単語で巧みに連想させるという表現もこの作品から始まっていて、
《挿入》「クロス」Serviceといった言葉の羅列に、ドキリとさせられる生々しさがある(これをどう解釈するかで、
少年たちの関係への理解もまったく異なるものになってしまう。つくづく大胆な設定だと思う)。
「ことばは消えても、文字は残る。それがぼくの望みだ」
というイーイーの台詞は、本作中で最も有名なものだが、そこに込められた思い体現するように、
アナナスが旅立つラストは、決してハッピィエンドでないにも関わらず、何度読んでも胸を打たれるものがある。

『夏至南風 カーチィベイ』(河出文庫文藝COLLECTION)
海藍池(ハイランディ)の街に、今年も夏至南風が吹いてきた。不快な熱気と共に、果実が腐乱する季節。
その夏“ぼく”が見たものは、黴びて腐った果実のような鞄を抱えた黒服の男と、少年の死体。
そして誰よりも美しい同級生の碧夏(ビーシア)は、何を求め、どこへ連れ去られたのか?
熱気と湿気が体にまといつくような異国の街(決してどことは特定されていない)を舞台に、
熟れるより早く腐ってゆく果実のような少年たちの性と死が描かれてゆく。
虐待や暴力の描写もさりげないが鮮烈で、腐敗してはじけた果肉を眺めているような印象が残る。
ファンの間では賛否両論らしいが、夏の、うだるような暑い日に読んで、行間から吹く夏至南風の熱気にどっぷりと身を浸したくなる、
そんな危うい蟲惑に満ちた作品だ。

『行ってみたいな、童話〈よそ〉の国』(河出文庫文藝COLLECTION)
「ハンメルンの笛吹き」「ピノッキオ」「にんじん」といった童話&児童文学を下敷きに、
作者流にブラックユーモアとエロティシズムを加えて生み出された「ほんとうは子供たちに聞かせるような話ではない」物語。
『本当は恐ろしい○○童話』といった作品群の先駆けのような短編集だ。
収録された三篇では、いずれも主人公、ならびに彼の周囲の少年たちが他者(たいていは年上の男性)から
性的虐待を受けるさまが形を変えて描かれ、隠れたテーマは「児童虐待」では、と思わせられる。

『雨更紗』(河出文庫文藝COLLECTION)
「少年と男。その少年の肌は、あの碗の青貝のようで妙に照るんです。
男が濯いでいる間も、白く光っていました。皆、一様に黙りこんで、座敷には水音だけが響いている。
ふたりの女が無心な表情を浮かべ、帷子を縫っていました」(本文より)


哉(はじめ)はその家を好もしく思っていなかった。地元の旧家である緑濃い児手山の屋敷。
そこには、決して反りが合うとは言えない同い歳の従兄、玲(あきら)がいた。
タイトル通り全編これ雨が降りこめるような光景のもと、生と死のあわいが薄れ、虚と実が複雑に入り混じる。
何が現実で何が幻想なのか。哉とは誰か、玲とは存在しているのかいないのか?
雨の夜、哉を抱いたのは幽霊なのか、教師の越知が愛しているのはどちらなのか。
雨にけむる風景の如く、謎めくすべての出来事と、少年の心理。著者独特の水の描写が冴え、
ひとつの達成をみているといっても過言ではない。降り注ぐ雨垂れの中に物語世界を封じ込めたような感もある、
珠玉と呼ぶにふさわしい作品。

『雪花〈きら〉草子』(河出書房新社)
寺に預けられた鬼の子は、稚児として毎夜僧兵たちに慰まれるが、
その身は夏至と冬至の折に、女の体に変化する呪いがかけられていた。
貴人と一夜を共にした稚児は身籠り、男子を生むが……
「白薇童子」、申楽の稚児・小凛と、貴族の子・朱央は兄弟同然に育っていたが、
将軍の息子・蜜法師の理不尽な怒りに追いつめられていく「鬼茨」、
生き別れになった双子の無惨な運命を描く「螢火夜話」の3編を収録。
いつの世のこととはっきり定められているわけではないが、平安らしき時代を背景に、
妖しのものが行きかい、少年たちが血を流す、官能と残酷のお伽草子。どんなグロテスクな出来事を綴ろうと、
作中の少年たち同様、凛とした品を失わない文体が魅力的。

『銀河電燈〈デンキ〉譜』(河出書房新社)
夜汽車に乗りこんだ宮澤賢治は、若い女が苹果(りんご)を愛おしげになでているのを見て、
なにか重要なことを忘れている、という思いにかられる。
だが、入れ代わり立ち代わり現れる人物に思考をかき乱され、それが何であるかを思いだせない。
その一人である少年は、真茂留と名乗り、を持っているという。彼を中心に、姿を現す人々の魂の独白に耳を傾ける賢治。
そこから浮かび上がってくるのは、老舗の糸問屋「駒泉」の、悲しくもおぞましい血の物語だった。
宿業のうちに近親相姦を繰り返し、歪んだ結びつきのうちに末路を辿る一族の姿。
そのあわいに、一族の息子として生まれた少年たちの、年上の男に寄せる恋情が浮かびあがる。
が、結果として、男女問わず誰ひとり愛を成就させることも、妄執から解放されることもかなわず、
孤独のうちにさまよい続ける結末がもの悲しい。
賢治その人も、妹トシのことを思いながら、永遠に彼女のもとに辿りつけはしないだろうことが暗示されるのだ。
同時収録の「夏日和」は、東京に出てきた賢治が「駒泉」の一族と関わりをもついきさつを描いた、番外編ともいえる物語。
本編に登場した俊夫という少年が登場し、彼と従兄の壮介との関係が仄めかされるくだりもある。

『賢治先生』(河出文庫文藝COLLECTION)
「どうして、みんなこの汽車へ乗っているの、/それを知りたいから乗るんだよ
/南へ行くのはなぜ/人は南に、陽は西に、/逢いたくともかなわない、切なく愛しい人があるからさ」

夜汽車で旅する宮澤賢治の前に現れた二人の少年。
彼らはカムパネッラとジョヴァンナと名乗り、質問責めや、事実とも嘘ともつかないお喋りで賢治を振り回す。
女ことばで話すジョヴァンナは、カムパネッラとザネルリという少年の仲がいいことを責め、カムパネッラを独占したい気持ちを隠さなかった。
夜汽車にはほかにも奇妙な客たちが次々と乗りあわせてくる。
ジョヴァンナの父らしき漁師、すでに崩れて無いはずの浅草の凌雲閣が窓から見え、その駅で降りる夫婦は歌舞伎見物をするのだという。
走り続ける汽車はどこへ向かっているのか、賢治はどこへ辿りつきたいのか。
著者版『銀河鉄道の夜』ともいうべき作品で、夜汽車に乗った賢治が様々な人物に出会い、
彼らの語る言葉で物語が構成される、という内容は『銀河電燈譜』と重なるものがあるが、
こちらの方は旅を共にするのが少年たちであることと、実際の宮澤賢治の童話を意識した語り口、
要所にさしはさまれる詩(童謡)が独自のテンポを作り、モノクロームの映像によるミュージカルを観たような読後感がある。

とりわけ、後半に登場するカルパネッラとジョヴァンナが汽車に乗りこむ際のエピソードは、
少年たちのやりとりが物悲しくもエロチックで、挿入される詩と共に、二人のシルエットが読了後も心に残る。

「何を探してるの/大事なものだよ/大事なものってなあに/さあ、それは忘れ
ちまった/ぢゃあ、きっと見つからないね/いゝんだよ、それで/どうして、/
ずっと探していたいからさ」

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